開運ってなんなんだ?〜潜在意識を騙そう編〜
開運ってなんなんだ?〜潜在意識と顕在意識編〜
連載してます。
✴︎20年に渡るライフワーク〜開運について書いてみようと思います。
ホメオスタシスは、外部の環境にかかわらず、一定の状態を保とうとする調節機能です。
ホメオスタシスが働く具体例は、以下のとおりです。
- 気温にかかわらず、体温を36度程度に保つ。
- 身体のなかに細菌などの異物がない状態を保つ。
- 軽いけがをしたりかぜをひいたりしても、時間が経てば健康な状態に戻る。
- 塩分濃度や血糖値など、体液の組成を一定に保つ。
- 体内の水分量を一定に保つ。
- ダイエットを始めても、体重が減りづらくなる。
開運ってなんなんだ〜実践編〜
連載してます。
✴︎20年に渡るライフワーク〜開運について書いてみようと思います。
セルフイメージを上げるためにご自愛でご機嫌を実践しましょう
というお話を前回書きました。
昨日はお客様とお買い物に行きました。
買い物って、みんなが好きなわけではないですよね。
洋服だってみんながみんな興味あるわけでもない。
だからオシャレしないとダメだとか、綺麗にしていないとダメだとか
全然そんなことはないと思うのです。
洋服を「自己実現のためのツール」とみなす人もいれば、
「裸じゃ困るから」という人までいるわけです。
ただ、お仕事をしていたりするとあまりヘンテコな格好をしててもナンだから
ちゃんとしないとなーっていうのがあるでしょうし。
そういうときにはプロに頼ったらいいと思う。
興味がないこととか、それほど好きでないことに時間とエネルギーを割くのは
とてももったいないことだと思います。
何時間でも時を忘れてやってしまうことがあったら、それに費やせるだけ費やしたい。
だから自分にとってどうでもいいことは極力、やらないですめばやらないほうがいい。
私たちの(肉体の)エネルギーは無限ではないので、それを向ける先を
選んで行くことで、より大きな成果や満足のいく結果が得られると思う。
何が言いたいのかというと、体面を保って自分を押し殺して頑張る時間は
徐々に減らそうよってことです。
例えば、私は「お買物ツアー」というサービスをご提供しているのですが
もともと洋服が本当に好きな方は自ら試着をじゃんじゃんするし、
それをしてもあまり疲れないのですね。
そのうちに洋服の選び方がわかってきて、それがどんどん楽しくなってくる。
もちろんご本人もそれに合わせて髪型を変えよう、メイクを変えよう、
靴も合わせよう・・・と発想が展開していって、
ご自身の変化を楽しみ、美しくなっていくというパターンです。
一方、それほど興味のない方にとって試着は本当に苦痛。
めんどくさいし疲れるしで、ぐったり。
結局買ったところで、いつも着ている着心地の良い服をまた選んでしまう。
これは個性だし、趣味嗜好の問題なので別にどっちがいいとかではありません。
疲れることにかける時間は必要最低限でいいなと思うのです。
ただ絶対に忘れてはいけないのは、自分の「好き」は伸び代であるということです。
たいして好きではないことに注力する暇があったら、
大好きなこと・興味あることに邁進するってとても大切だと思うんですね。
ちなみにエネルギーが有り余ってる方はもっともっと好きなことに注力して
集中していかないとめんどくさいことになりますよ。
若いうちはtry & errorでいろんなことを手当たり次第やるのも大切だし、
必要なことだと思うけど、年齢とともに絞っていけるようになったらいいなあと思います。
食べることが好きならそれを、運動が好きならそれを、整理整頓が好きならそれを、
旅行が好きならそれを・・・。
突き詰めて行くことで見えることはあるはず。
生活の中でたくさんの「しぶしぶやらないといけないこと」はいっぱいありますよね。
でもそこと「好き」との折り合いをつけてなるべく時間とエネルギーを
「好き」に投じる工夫をすることで思わぬ運が開けることはたくさんあるのです。
先日「あちこち旅行に行っていると運が動くのもわかる」というようなことを書きました。
「楽しそう‼️」「好き‼️」の気持ちにピッと来て、パッと行動できるようになると、
運気は大きく流れるようになってきます。
動くことにはお金や仕事や生活の算段が必ずつきまとうけど、
それは動いてみてから考えるっていうのをとりあえず今やってみています。
身体を張って実験中。
去年までは欲しい‼️とピンと来たものをパッと買うという実験をしていました
(この記事を書いたのが2016年)。
どちらも向こう見ずで考えなしの行動ですが、自分が思っていたよりも
学びと得るものが大きいのです。
そのうちの一つは、もしかしたら私はなにかの幻想に
大きく支配されているのかもしれないと気づいたことです。
「無くなる」「失う」という恐れ。
「我慢するのが当たり前」という制限。
「やりたいこと全部できなくて当然」という常識。
「好きなことだけ追い求めるなんてダメなやつだ」という縛り。
たくさんありました。
好き勝手やった結果、失ってないし、我慢って自分で課していただけだと気づいた。
「やりたいこと全部できないのは当然」と思って制限付きのやりたいことを
やっているうちは見えなかったものもあったし、
結果的に好きなことを追い求めることしか今はしていません。
体験と経験は座学にはるかに勝るなと思ったのと、この幻想、
全ては「セルフイメージ」に繋がるのだと回り回ってたどり着く。
「あ、大丈夫なんだ!」と体感して恐れを手放すと
恐れのない現実がやってくるし、制限を外せるようになると
できる範囲が広がるわけです。
好きなことを追い求めるなんてダメ!という思いがある限り、
好きなことを追い求める自由な人生にはならないのですね。
要はセルフイメージを書き換えていくことによって運は大きく変わるんだという話なのです。
結局のところ開運って、スピリチュアルでもなんでもなく
どちらかというと脳内のリニューアルって感じです。
潜在意識の書き換えともいいますね。
この方法でとても一時期流行ったのがホオポノポノです。
これは潜在意識をクリーニングするというものでした。ご存知の方も多いと思います。
散々実験した結果、今のわたしが思うのは
結局何は無くとも「セルフイメージ」を高めることが大切だという結論に達します。
ただ、その根底に神仏などの見えないものの力は絶対あるということだけは
揺るがないですが。
この二本立てです。
とはいえここに至るまでにたくさんのツールに頼って来たし、
これからも使っていくと思います。
それを使うのはセルフイメージを上げるという目的のためです。
色々なセッションや鑑定を受けてもあまり変わらないという方は、
ぜひ「セルフイメージを上げるために」受けてみて欲しいのです。
それによって一ミリでも向上したら大成功。
なんども言いますが、どんなに相手が素晴らしい人だとしても
他人が運を上げてくれるなんてことはありません。
その人とのやりとりで自分が何かに気づき、行動した結果運が上がるわけで、
他力のみのオートマティックな開運はない。
だから人に頼る、依存する気持ちは早めに捨て去りましょう。
依存を捨てて入ってくるのは自分で掴み取る運です。
なんと楽しいことでしょう。
運は自分で掴めると知ったら努力のしがいもありますよね。
次回は「潜在意識の騙し方」です。
開運ってなんなんだ〜セルフイメージを鍛えよう〜
✴︎20年に渡るライフワーク〜開運について書いてみようと思います。
前回はセルフイメージによって自分の願望達成率が変わるということをざっくりと書きました。
よく「ご自愛」とか「自分を満たす」とか「自分のことを大切に」とかいう
フレーズを耳にしませんか。
開運の観点から言うと、自分を後回し(我慢する )にするデメリットは
「わたしなんて後回しでいい」「後回しこそ私にふさわしい」的な
利他的・自己犠牲の精神がセルフイメージを低くしてしまうということ。
だからまずは自分が満足することを。
たとえ自己犠牲の精神で何かをやるにしても、自分自身が「やりたーい‼️」と
思っているのか、「わたしなんてそれをやるのがちょうどいいのよ…」的に
思っているかどうかによってかなり変わってきます。
そんなに卑下していなかったとしても「これをやらないと愛されない」と
潜在的に思っちゃっているとかもあり得る話なので要注意&要観察です。
「期待に応えなければ!」などという「〜すべき」から端を発している場合もありますね。
これを続けている限りご自愛とは遠のいていく。
こういう「内側の姿勢」は目に見えない分、かなり結果に差が生まれます。
わたしも長らくご自愛してるつもりだった。あくまでも「つもり」でした。
全然間違っていたことに後から気づきましたけど。
きっとこういうのって間違いも正解もないとは思うのですが、
当時の自分が思ってるご自愛と今とはかなり違ったのは事実です。
この問題、難しいです。
難しいけど常々「自分が心から嘘偽りなく満足する形」を模索するのは
大切なことだと思います。
徐々に自分の内側が満たされると、大切にされている私がむくむくと力を発揮しだす。
すると自分に愛されている絶対的な安心感がセルフイメージをあげてくれるようになります。
セルフイメージが上がってきて、私のこの願いは「叶って当たり前」「叶うに決まってる」と心底思えたらその願いは叶うようになっています。
一ミリでも「とは言っても・・・」「私にはきっと無理・・・」という気持ちがあると
その願いは叶わない。もとい「きっと無理・・・」が見事に叶っています。
宇宙はとてもシンプルなのです。
シンプルなことって誤魔化せないのです。
もし今、長いこと願ってるのに叶っていないことがあるとしたら、
それは一ミリのネガティヴな思いが叶えられている証拠かもしれません。
願い事って強く願うよりも、がむしゃらに努力するよりも、
叶うに違いないと思える私を整えたほうがずっと達成率が上がる。
だからご自愛を怠らず、常にご機嫌でいることがとても大切なのです。
自分を満たし続けることは側から見ると贅沢に見えたり、わがままに見えたり、
アホに見えたりするかもしれないんだけど、周りの人のために生きているわけではないし、
残念ながら周りの人はあなたの願望を叶えてはくれないのです。
例えそれが夫だとしても親だとしても叶えてくれはしない。
自分の願いを叶えるのは自分だけなんですね。
だからセルフイメージをあげると同時に自力で願いを叶えるんだ、と
腹をくくるのはセットかもしれません。
今日はセルフイメージはご自愛とかなり密接な関係があるんだよ、というお話でした。
開運ってなんなんだ?〜そもそも編〜
連載してます。
✴︎20年に渡るライフワーク〜開運について書いてみようと思います。
開運は私のライフワークの一つです。
まだまだ書くことはあります。
気が向いたらゆるりと読んでみてください。
ではいよいよ実際の開運の秘訣を書いて行こうと思います。
ここで振り出しに戻るような質問ですが、
みなさんにとって「開運」とはどんな状態になったときのことですか?
結婚?お金?宝くじが当たるとか?
自分の開運の定義を徹底的に考えたことありますか?
曖昧な方は是非これを考えてみてください。
今の私にとっては「願ったことが実現しやすい」のが開運の一つの要素。
ただし、棚ぼたではなくてきちんと努力もするし、チャンスが来たら見抜けるように
常々自分を研ぎ澄ませるように心がけています。
必要な時に必要な人、モノ、コトに出会えるというのが私にとっては
開運の定義。
最近の私。
運がいいかどうかと聞かれると、良いと答えます。
自分が心から願ったことはほとんど叶ってきたし叶うと信じている。
一方で「宝くじが当たる」ことはないかな、と思っています。
なぜかというと「わたしはくじ運がない」というのを固く深く信じているからです。
あと、結婚したのは25歳の時でしたが、これも「結婚するのが当たり前」と
思い込んでいたからできたと思う。それだけの話。
欲しいものもたいがい手に入ります。
ただし私が欲しいものなんてどんなに高くても数十万。100万超える欲しいものなんてそれほどありません。
ここまで書いて勘のいい人はわかったと思うんだけど
「願いを叶える」というメカニズムはセルフイメージとかなり密接な関係にあるのです。
逆に言えばセルフイメージをコントロールできたら願いを叶えやすくなるということです。
私にとっては吉方や様々な鑑定はセルフイメージを上げるためのいわばツールというか
伏線というか…。
そんなことをしなくてもそもそもセルフイメージが高い人は願いが叶いやすいと思います。
始めたばかりの頃、吉方取りは私にとっては開運の根拠でした。
「これだけ真面目にやっているから何かが変わるはずだ」という根拠。
自信にもつながりました。
それがあるから微細な変化にも気づけるようになったんだと思う。
「なんとなく最近タイミングがいいなー」とか
「なんとなく最近人に助けられることが多いなー」とか、
なんとなくなんとなく環境が変化することに気づけたのは
「変わっているはずだ」という前提のおかげだと思う。
間違い探しの二枚の絵を見るとき「違っているはずだ」と思うから
見つけられるのと一緒かなと思う。
なんの疑いもなく「同じ絵だ」と思っていたら発見できないでしょ。
そんな感じです。
なんとなくの変化に気づくようになるとちっちゃな「Getting better要素」を
生活の中で拾えるようになる。
次第に自分が砂鉄を集める磁石みたいになって「Getting better要素」を
集めていけるようになる。
どこまでいっても塵ツモなのが開運というものだと年々思います。
とにかく私たちはセルフイメージの通りに生きているわけで、
そういう意味でいうと「思った通りになっている」のです。
それも上っ面ではなく心底思っていることの通りになってる。
願いは叶わないけど思いは叶うというシステムです。
だからコツコツとセルフイメージをあげる努力を積み重ね、
自分の願望と「こうなって当たり前」「こうなることがふさわしい」という思いを
一致させることを意図すると良いです。
「結婚したいんだけどなかなか…」という方はその「なかなか…」が見事達成されているし、
「お金が欲しいんだけどなかなか…」という方はそのなかなか…が実現しているというわけです。
願望と思いの不一致を整えることで願いを叶えやすくするメカニズムは
おわかりいただけたでしょうか?
今日はこの辺で。続く。
開運ってなんなんだ〜ただ運が良かっただけだという人〜
✴︎20年に渡るライフワーク〜開運について書いてみようと思います。
言ってみればここまでの記事↑全て序章です。
吉方を取るようになり、様々な叡智に触れる機会を得て
ようやく下地が整ったか整わないかというところまできました。
そして我が支配しているうちはなかなか開運は難しいのだなと
気づくに至るところまで書きました。
30代のころ、成功哲学ばかり読んでいた時期があるのですが、
ほとんどの成功者は成功の秘訣を聞くと運が良かっただけだと言うのです。
「俺がこんだけ賢かったから」「俺がこれだけ努力したから」「私がこんなにすごいから」
なんて言葉、聞いたことない。
少なくともみんなが知っているような成功者からは。
最初は「謙虚なのかな?」と思ったけど、いろいろ読んでいくうちにやっぱり違うと思った。
彼らは本気で自分は運が良かったと思っているし、運というものを
とても大切にしているということに気づいた。
松下幸之助氏が入社試験で「君は運がいいですか?」と聞いて
yesと答えた人しか採用しなかったというのも有名な話。
運を大切にするとか、成功をおさめた時に「ただ自分は運が良かった」と
言えるその心こそ我を捨て去った状態なんじゃないかと思うのです。
人一倍、いや10倍努力を惜しまず頑張っていると
きっと挫折や報われない思いもたくさん味わうと思うんだけど、
それを重ねていく時に自力だけではない他力の存在に気づくのではなかろうか。
そして他力に対する畏怖や畏敬の念を持つようになるのではないだろうか。
私たちは頑張って自力で生きていると思いがちだけど、
なんらかの臨界値を超えたとき、「生かされている」という感覚が
芽生えるんじゃないかと思う。
目に見えない存在に対してリスペクトが生まれる時がやってくるのではないかと思う。
先人たちの「運」に対する考え方には真似できるところは
たくさんあると思うのです。
何かいいことがあったらおかげさま。
悪いことがあったら反省ではなくて淡々と自分のやり方を見直す。
そして練り直してまた実践。
一方で何かいいことがあったら「わたしのおかげでしょー」「わたしが頑張ったから」とか、嫌なことがあったら「あの人のせいで…」とか(笑)。
↑開運するわけがない。
さらに…こういう輩に鑑定してもらったら大変ですよ。
「わたしのおかげであなた、いいことあったでしょ」と恩着せがましくずーっと言われます。悪いことがあったら「あなたのそういう心がけ、行いが悪いからこうなった。」と
言われます。責任は逃れ、手柄だけ欲しいというね(笑)。
なるべくならこういう人とは距離を取りたいものですね。
いづれにしても知識が有ろうと無かろうと、こうした考え方、物事の捉え方によって
見えない力が味方してくれるかどうかがかなり違ってくると思うのです。
個人的には謙虚であれ!とはあまり思わないんだけど( 謙虚という言葉を理解するのがとても難しいと考えているからあえて使いたくない。)
大きな流れの中のほんのちょっとの部分でしかない自分という存在を
認識できるようになると、謙虚と似た気持ちになりますね。
すると物事を主観だけではなく俯瞰もできるようになる。
俯瞰できるようになると観察力がアップする。
そうなってくると起きる現象に対しても因果関係を見出せるようになると思うのです。
例えばね、神社にお参りして3カ月経ったとする。
それまでと何か変わった?と聞かれたとき、何一つ変わらない現実に
「何も変わらないわ…。結局神様なんていないわよね。」と嘆く人と、
「なんとなく神仏に手を合わせるって気持ちがいいね。心が洗われる気分。
その気持ちよさだけで運が上がった気がする❗️」と喜べる人、
どっちが開運の扉が開いていると思いますか?
目を見張るような変化ではなくて、ほんの少しの変化に目を凝らし
耳を澄ませて感謝できる人に神さまは微笑むと思いますよ。
実際、私の周りには今となっては強運さんしかいなくなってしまいましたが
みんなの共通点は
1.些細なことに喜べて、
2.些細なことに感謝できる、
3.文句を言う暇があったらアイデアを出し、
4.愚痴を言う暇があったら前向きなおまじないを実践する。
5.そして最後はおかげさま。
みたいな感じ。
文句ばかり言ってる成功者とか、「私ってすごいでしょー!」という
承認欲求を千本ノックくらいぶつけてくる人で幸せそうだなあと思った人は今まで
一人も出会ったことがありません。
見えないもの・見えるものに感謝できる質こそ、運を引き寄せる必要十分条件だと思います。
最後に、上記の松下幸之助氏は「運がいい」と自分で言える人の
運の良さを買ったのはもちろんだと思うけど、
そう言える人の些細な変化に対する感性や感謝できる質、
自分でなにもかもやってきた!という我ではなく
「おかげさま」の精神を「運がいい」の一言に
見出しているのではなかったかなーなどと推察します。
開運シリーズはもう少し続きます。